2015年8月26日水曜日

【PC関係メモ】 古いパソコン・PCの活用法 ~古くなったパソコンを再利用するアイデア12選~


 ムーアの法則でしたっけ?
 

 ざっくり言って、コンピュータの性能は1年半で倍になる、とかいうパソコン超進化論を唱えたお話は。


 まあ、その進化速度が維持されているかどうかはともかく、おかげでぼくたちわたしたちのおうちには、古くなったパソコン・コンピュータがごろごろしている、という状況に!


(ぶっちゃけ、パソコンだけならまだしも、うちなんかガラケーの山とかスマホの山とかもあるからね)



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 というわけで、おうちに眠っている古くなったコンピュータ・パソコンの活用法をいろいろ考えまくってまとめてみました。(あるいはネットからも探したよ)


なんと12パターンもあります。みなさんのヒントになれば!





《 初級編 専用マシン構想 》


 このパターンでは、「なんでもできるパソコン」を、あえて機能を絞って使うことで生き延びさせてみよう、というアイデアが満載です。



1) CD・音楽プレーヤとして。 ~現代のジュークボックス~

 CDドライブだけを利用して音楽を鳴らすのは、さすがに普通のCDプレーヤのほうが使い勝手や音質が上なのであまり意味がないかも。

 しかし、少し工夫すると有意義な使い方に!たとえば、HDDに好きな音楽をたくさん詰め込んで、朝から晩までかけたり、お店やラウンジなどのBGM専用機にしたりすると有線放送と契約しなくてもいいじゃん、ということに。



2)DVD・動画プレーヤとして。  15~インチサイズのポータブル映画館 

 7インチクラスののポータブルDVDプレーヤは、今や数千円で買えてしまいますが、ノートPCの13インチとか15インチクラスの画面になるとやっぱり迫力が違います。

 軽量LINUX+動画プレーヤだけ、みたいな構成にすれば、軽やかに映画や動画を楽しめることでしょう。

 子供部屋や寝室に置いておけば、大人でも子供でも活用できそうですね。



3)ブラウザ専用マシンとして


 重要なファイルが入っているパソコンを、子供に触られてウイルスでもぶちこまれたら大変です。

 いざとなったらどうとでもできる「ブラウザ専用マシン」を作ってしまうのもよろしいかと。

 WindowsXPが動いていたクラスのマシンなら、軽量LINUX+chromeもしくはFireFox専用機にするのは簡単です。

 あるいは、ライブCDブート機能と組み合わせると、毎回要らん情報が保存されないクリーンなブラウザが維持されます。まさにチャイルド向け。



4)専用ソフトと組み合わせて


 私は動画編集をやるので、いっそのこと他のソフトを全部削って動画編集専用機を作ってしまおうと思っています。

 そのむかしエディロールさんがビデオ編集専用パソコンを作っていましたが、なんとBeOSが陰で動いていたという衝撃のマシンでした。

 あれを作りたいよ!

 ・・・別に動画だけでなく、あえてのワープロ専用機にしてもいいし、汎用的に使っていたからこそ不安定だったソフトが、専用使いにするだけでとたんに安定して動くので不思議なものです。



5)いっそゲーム機に


 まあ、書きたくなかったけどこれもありですね。エミュレータとROMデータぶちこんで、ファミコン祭りしたり、逆にひとつのソフトに絞ってコックピットや運転席を再現してしまったり。

 ベニヤ板と角材買って来て筐体を作り、なんとかでGO!の実車風を作るとか、夢はつきませんね。でかいモニタを買ってこないといけないので、いらぬ出費ですが(笑)



6)テレビ電話専用機に


 おじいちゃんおばあちゃんと離れた孫がいる家庭で、いつでもSkypeやらテレビ電話できるように専用マシンを作るのもいいかもしれません。

 しかし、よくNTTのCMとかでジジババと孫が笑顔でしゃべくり倒している映像が出てくるが、あんなのたまーにしかしないぞ、普通。

 それよりも、webカメラでもつけて「介護・看護・子守」用の遠隔監視システムを作ったほうがよっぽど役にたつような気が。




《 中級編 あれこれサーバ・ルータ構想 》


 コンピュータに詳しい人なら、サーバとしての再利用法がちらりと頭に浮かぶはず。でも企業とかお店とかじゃないかぎり、家庭内にまずサーバなんていらんのだけれど(トホホ)



7)ファイルサーバに


 いろんなところからアクセスしてくるためのファイル置き場としての利用法ですが、企業や仕事場ならともかく家庭内で使うことはあまりなさそう・・・。

 応用バージョンとしては、テレビチューナと連動させてテレビ番組保存機として使うのはいいかな。

 ただし、現行のブルーレイレコーダの標準的HDDが500Gとかなので、古いPCだとHDDが100Gとかそれ以下なので、番組保存数はあまり期待できないです。

 外付けHDD買ってきてまで動画サーバ作るのはやりすぎだと思うぜ。ベイベ。



8)プリントサーバに


 家庭ではいらんだろうけど、昔職場でこれ同僚と二人で作って活用してました。SOHOとか向き。

 今のFAX複合機なんかには、プリントサーバ機能はついているので、PC何台もぶら下がっていても大丈夫なのですが、ちっこいプリンタ一台置いているようなオフィスだとプリントサーバは必需品ですよ。

 プリンタの共有機能そのものも大切ですが、でかいファイルのバッファ機能がありがたいです。出力側PCが印刷終わるまで開放してくれない、というあの拘束プレイが無くなります。


 
9)無線LANルータ・中継器にしてしまおう

 
 有線でも無線でも、ルータを作ってしまうことが可能です。しかし、専用機が3000円くらいで売っている今、わざわざPC一台つぶしてLANポイント作ったり意味あるのかね。

 自分の技術力を磨くには、いいかも。




《 上級編 それはコアな使い方だね編 》

 

10) ボードPC(組み込み型)の母艦に ~マニアのための開発環境~

 
 秋月電子と聞いて、「お世話になりました&なってます」な人にはすぐわかりますが、ちっこい基盤だけのコンピュータが山ほどこの世には存在していて、そいつに命令を組み込んで電子機器を動かす、ということがこの世界では行われているのです。

 で、そいつに命令を刷り込んだり、動作を開発したりプログラムするときに、母艦が必要になるわけですね。基盤コンピュータには画面もキーボードもないので。

 でで、基盤コンピュータと母艦をRS-232Cで繋いでとか、パラレルポートで繋いで、とかやるんですが、最近のコンピュータはUSBばかりになってしまってそういう「レガシーポート」(古い伝統的な穴)は無くなってしまったのです。

 だから古いPCは大事な人には大事なんですってば。



11) そりゃもう、Telnet端末を作ろう、でしょ。


 ごめんなさい、そろそろネタ切れで怪しくなってますよ(笑)

 むかーし、メインフレームが主役だった頃、OA機器として事務員のお姉さんがタイピングしながら向かっている画面は「ただの端末」でそれ自体はアホな入力・出力だけの機械でした。

 重要な計算そのものはすべてメインコンピュータがやってて、それを離れた端末の画面に映していただけ、という。

 それと一緒で、世界に転がっているtelnetサーバに入るための、単なる端末として使おう、というUNIXな人にしか意味不明なネタです。

 いや、それするなら普通に今のPCのターミナル立ち上げたらええやん、というただそれだけのお話。



12) 変なOSを入れて独善的なマシンを作ろう!


 そりゃもう、見たことのないようなデスクトップ環境が動いている怪しげなマシンを作って友達(いないけど)を驚かす、もしくは一人にやにやするに限ります。

 ではでは、いわゆるDOS/V互換機(x86系)に入れられる香ばしいOSの数々をラインナップ!

 第1位 LINUX  …言わずと知れた置き換えOSの雄!実働もNo.1でしょうね。

 第2位 Android …x86でもアンドロイドは動きます!タッチパネルの扱いとか、縦横画面の扱いとか、ちょっと癖があるけれど。

 第3位 BSD …LINUXよりも本家に近いUNIX系OS。ひねくれ者もしくはマニアが好む。

 第4位 DOS …そりゃ今こそ原点に戻ってDOSでしょう。MS製ではなくフリーのDOSもあるし。

 第5位 BeOS/Haiku …フランスMac出身、ジャン・ルイ・ガセーの夢だったBeOS。夢のままで終わった幻のプロジェクトです。

 第6位 TRON/超漢字 …こちらは国産OS、日本の夢だったTRONプロジェクトから超漢字は今も続いてるんだ!



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 とまあ、いろいろ考えてきたけど、以外に使い道ってないのですね〜。困ったものです。早いうちに売り飛ばすというのもありかも。

2015年8月23日日曜日

Lenovo BIOSトラブル 欠陥 組み込みソフト問題 〜G50の対処法〜

 直近、安売り攻勢に走っていた中国Lenovoのパソコンですが、あいかわらずいろんなトラブルを抱えています(苦笑)

 かくいう私もG50を29,800で購入しているので、常にマシンの状況についてはリサーチしているのですが、8月に入って「組み込みソフトトラブル」問題が発覚。

「さすがは中国製PC」と一部ではやり玉に上がっていますが、どういうことが起こっているのかまとめておきたいと思います。



<lenovo情報流出恐れトラブル第一弾 Superfish問題>


 まず、今回のトラブルの前に、別の問題を起こしていたのでそこから押さえておきましょう。

 2015年2月頃、lenovoのPC・パソコンに搭載されていたSuperfishというソフトが悪さを起こす、というのでずいぶんと叩かれました。


Lenovo公式サイトよりアナウンス
http://www.lenovo.com/news/jp/ja/2015/02/0220.shtml


 このソフトが何をやらかしているかというと、勝手にHTMLを書き換えてlenovo側に都合のいい広告をぶちこんでくる、というアドウェアだったのですが、実はそれを実行する際にSSL通信の認証を偽造していたらしく、そこがセキュリティホールとなることで、悪意のあるクラッカーが侵入する隙間を作っている、ということでした。


 で、このソフトが大問題になり、Lenovoは、superfishを削除するツールを配布するとともに、2015年1月以降の出荷品からは当該ソフトを外す、という処置をとることになりました。

 というわけで、結論。lenovoユーザーは、superfishが載っていないかどうか、調べて削除しようね、というお話。




<lenovo情報流出恐れトラブル第二弾 LSE BIOS問題>
 

 そんなトラブルを起こしたところなのに、今回発見されたのは、「組み込みソフト」とニュースでは言ってますが、ズバリコンピュータを起動させる一番最初の起動ソフトとも言うべきBIOSに怪しげなものを組み込んでいたという問題でした。

 LSEは正式名称 Lenovo Service Engine と言い、BIOSレベルで、使用者の情報をlenovoのサーバーへ送るという


 まるで隠密


なソフトであり、 おまけにWindowsを再インストールしても、勝手に定義ファイルを書き換えてLenovo側の設定を復活させるという不死身のゾンビであったというから恐ろしい!


 で、これも2015年8月14日付けで、


LSE BIOSに対する対処方法
https://support.lenovo.com/jp/ja/documents/HT104000 


という文書を出し、該当機種からのLSE削除とBIOSの更新を勧めることになりました。


 で、今回の問題については、該当機種が発表されていますので、要チェックです。


対象のPC製品
(※は日本で販売実績がある)

ノートPC
Flex 2 Pro-15/Edge 15(Broadwell)
Flex 2 Pro-15/Edge 15(Haswell)
Flex 3 (1120)※
Flex 3 1470/1570
G40-80/G50 (G50-80) ※ /G50-80 Touch/V3000
S21e (S21e-20) ※
S41-70/U41-70
S435/M40-35
Y40-80
YOGA 3 (1470) ※
YOGA 3 (1170) ※
Z41-70/Z51 (Z51-70) ※
Z70-80/G70-80

デスクトップPC
全世界で発売:
A540
A740※
B4030※
B5030※
B5035
B750※
C2005
C4005
C2030※/C4030※
C260※
C5030
H3000
H3050※
H5000
H5050
H5055
Horizon 2 ※
Horizon 2e (Yoga Home 500)
Horizon 2S※
X310 (A78)
X315 (B85)


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 はい。当ブログで紹介しているG50も含まれていますが、私が所有している機種はG50-30なので、一応は該当からは外れています。

ちなみに、パソコンの裏面を見れば機種名が載っていますので、おなじG50でもどの派生機種なのかはすぐにわかります。



☆ここから実践編☆

 G50ユーザーで心配な人は、次のステップを試してみてください。


1)BIOSそのものを確認する。


 …ACアダプターの差込口の横に、小さいポッチ(押し込み)があります。それを押しながら電源をいれるとBIOS画面に入りますので、BIOS画面を見てください。


2)BIOSにLSE機能が搭載されているかチェックする。

 …BIOSには、いくつかの機能ページがありますが、Securityのタブを開くとBIOSパスワードの設定やら何やらの下に

「Lenovo Service Engine」

という欄があり、Enabled / Disabled が選択できるようになっています。


(ただし、LSE機能が載っていないBIOSの場合は、この欄はありませんので安心してください)


3)もしBIOSにLSEが載っていれば、まずはDisdbledを選択して保存・再起動し機能をオフにしておきましょう。


4)後は、Lenovoのアナウンスのとおりに、削除ソフトや更新BIOSなどの処置を取れば一安心です。




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 というわけで、これからもLenovo PCは何をやらかしてくれるか目が離せませんね!!

【ヨシイエ的『超』経済理論 その2】 ビジネスマンのための勝利の方程式!

 前回は、人が経済生活を送る上で、有意義な暮らしのために必要な公式についてお話しましたが、今回は、その裏をかいて、


 商業主義におけるビジネスパーソンが知っておくべき、裏の解の公式


について語ってみようと思います。


 前回が消費者としての目線だとするならば、今回は売り手・経営者側の目線でお届けしようといううわけです。


 なので、当然、本質的な部分は前回と共通しますが、意外や意外!わたしたちは、そんな当たり前のことも知らずに、なんと踊らされていることか!ということに気付くことになるでしょう。



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 それではいきなりですが、公式に突入しましょう。


 <ビジネスマンのための勝利の公式1>


 消費者は必ず経済的に誤った判断をする



 そうです。私たち売り手に対して、消費者というのは必ず間違った判断をします。経済学的には、合理的でない選択をする、のです。



 商業社会において、この誤り、間違いが存在するからこそ、資本主義経済は成立していると言ってよいかもしれません。



 それくらい、この公式は大事です。テストに出ますから覚えておきましょう。


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 消費者が必ず経済的に誤った判断をする、とは一体全体どういうことなのでしょうか?


 この言葉の意味は、表面をなぞるだけでは見えてきません。


 たとえば、ある奥さんがスーパーで買い物をする場面を思い起こしてみてください。



「今日の晩御飯は何にしようかしら。お肉を買って、野菜を買って、牛乳と卵を買って・・・それから、あら、このマヨネーズは安いわね。こどものおやつも買わなくちゃ」



 なんて言いながら、つぎつぎに商品をカゴに入れているわけです。このかごに入れられた商品の選択が


「正しいのか、間違っているのか」


について、あなたは考えたことがあるでしょうか?

 

 ・・・おそらく、今の今まで、誰もそんな見方でスーパーの食料品を見てはいないと思います。



「今日、それを食べたい、食べようと思っているのであればそれは正解なのではないか」と考える人もいるでしょう。


「多少無理して高価な食材を買ったのだとしたら、間違いを含むかもしれませんね」と考える人もいるでしょう。


 そして、大半の人は「食べ物を選ぶのに、正解も間違いもないのではないか」と思うはずです。


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 ところが、今度は電化製品を買う場面を思い起こしてください。AとBという二つのエアコンがあったとして、最低でも


「値段はAとBとでどう違うかな」「性能はどちらが上でどちらが下かな」「一時間当たりの消費電力の差はどうかな」


といろんな要素を考えると思います。そして、最終的に


「値段と性能を比較してお徳なのはどちらかな」


と考えるはずですね。



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 さて、もう一度スーパーへ戻りましょう。電化製品の時にはあれだけ性能と値段について血眼になって考えたのに、


「チーズフォンデュにするのとカレーにするのと、総摂取カロリーはどちらが多くて、総摂取栄養素の品数が多いのはどちらかな」


なんてちっとも考えないことに気付くはずです。


 おなじ5000円払うのであれば、せめて摂取カロリーの総量と、必要な栄養素の品目の積算数くらいは考えてもいいのに、



すべての主婦はそんなことは一切考えない



のです。


 
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 最も合理的で、経済学的に正解なのは、「払った値段に対して、家族が摂取できるカロリー数が多く、栄養素数が多いこと」に他なりません。


 しかし、すべての家庭では「今日はカレーのキ・ブ・ン」とか「暑いからスルッとそうめん」とか、そういう


情緒的な感覚・キブンで物事が決定されている


わけです。ここがすでに合理性からは大きく乖離しているのです。



 ちなみに、電化製品の場合でも同じです。いくら性能比を考えて見比べて悩んだところで、多少消費電力に差があろうがなかろうが、



「財布から出した金額が少ないほうが勝ち」



という前回の大法則からすれば、買い換える時点で経済的・合理的には誤りです。



 つぶれるまで待て!



ということが合理的正解だったりするわけです。



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 では、商品を売る側からすれば、消費者はかならず「合理的な正解にたどり着かない」わけですから、合理的な説明に腐心する必要はないということになります。


どうせ合理的ではないのですから、そこは「非合理でOK」ということになります。


非合理的で、

情緒的で、

気分で、

なんとなくで、

イメージで



商品の魅力を伝えれば、みんな勝手に誤解して買ってくれる、というわけですね。



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 そこで公式の変化球を投入しましょう。


<ビジネスマンのための勝利の公式1’>


 商品には、情緒的で非論理的な物語をつけろ!



 じゃじゃーん。これがビジネスの鉄則なのです。






「おいしい!京都産きゅうり!」


「リコピンたっぷり!まるごとトマト!」


「暑い夏も快適な新型コンプレッサ搭載!夏モデル!涼ヶ峰!」


「ライバルに差をつける、高級1万円スーツ」






・・・こんなPOPが山ほど溢れていますが、よく考えたら全て非合理的で意味不明です。


 兵庫産きゅうりだっておいしいだろうし、そもそもトマトはリコピンたっぷりです。隣の棚のトマトだって、リコピンたっぷりのはずだし、新型コンプレッサ搭載でいくら値上げしているのか正式に書けよ、と思います。

 1万円のスーツが高級かどうかなんて、もはや完全にアホレベルですが、”普及品スーツがなんと1万円”と書いてあっても誰も買わないことは自明です。




 しかし、それでも、主婦はトマトときゅうりに手を伸ばしてしまうし、夏になるとエアコンが売れるし、できれば高級そうな1万円スーツを選ぶのです。



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 ビジネス系の記事なんかを見ていると、売れている営業マンは商品を売るのではなく、「自分という存在を売り込むのだ」みたいなことがやたら書かれていますが、まさにその通りで、


「顧客は、合理的に性能比がコストに見合う商品を買うのではなく、あなたという情緒的でソウルフルな営業マンから商品を買うのだ」


ということを一刻も早く知るべきです。



 オメガとセイコーのどちらが高性能かということは、議論するに値しません。


 そこにオメガという情緒と、セイコーという情緒のどちらがあるのか、に顧客はお金を出すことを、あなたは一刻も早く理解すべきなのです。


なぜなら、顧客はかならず合理的に間違った選択をするからです!!!!バババーン!!




・・・・はあはあはあ。力説おわり。

2015年8月22日土曜日

■【ヨシイエ的『超』経済理論 その1】 ~有意義な経済生活に必要な公式はたったひとつ!~

 日経平均が2万円を割っているらしいので(笑)、経済ネタをしばらくお届けしましょう。

 ヨシイエは経営やら経済については疎いですが、世の中をじっくり見渡して考え抜いた独自の経済理論に拠って生活しております。


 まあ、金融工学だのなんだの抜かしやがった経済に明るい人たちがバブルを引き起こしたり、リーマンショックを起こしたりするわけですから、世の中の偉いセンセイ方なんぞあてになりません。



 というわけで、簡潔明解にして、今日からあなたも使える「ヨシイエ的超経済理論」についてざっくりと解説してみたいと思います。



 まず最初に覚えておくべきことは、たったひとつの公式です。



 この世界のお金にまつわるエトセトラについては、この公式だけ覚えておき、かつ実践すれば確実に経済的には幸せになれることでしょう。





 では公式を。


 <おうちで使えるヨシイエ的経済学の公式1>


 総費用=年間にかかった費用×使用年数



 内容はめっちゃ簡単です。あなたが使ったお金の総額は、年間にかかった費用に使用年数をかけたものです。


 あたりまえじゃん!


 とツッコミたくなると思いますが、ほとんどすべての人はこの考え方ができません。


  たとえば車を買うときに、ふつうの人は


「ガソリン車とディーゼルとハイブリッドとどれが経済的かな」


とか、そんなことを考えます。あるいは、車のメーターを見て、


「そろそろ10万キロか~、次はどんな車にしようかな」


と考えたりします。



 こうした考え方では、上の当たり前の公式の概念がすっぽり抜け落ちているのです。


 ガソリンだろうが、ディーゼルだろうがハイブリッドだろうが、乗った年数×年間に使ったお金としての総年数の総額が少ないほうが経済的(払った金が少ない)に決まっています。


 つまり、乗った総年数でいくら財布からお金を出したかが全てであって、


「車両が高いハイブリッドで、かつガソリン代が安い」「車両が安いガソリン車で、かつ燃料代がかかる」

のどちらが得かは、廃車するときに総決算されるわけです。



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 あるいは、あなたがいくら10万キロ車に乗っていたとしても、新車から5年経って10万キロなのか、10年経って10万キロなのかによって


「これまでに支払った車関係の総額は大きく変わる」


ことにすぐ気付くと思います。だとすれば買い替えるのであればそこで一旦損切りするわけですので、


「いくらツッコンだのか」


を気にすべきであるはずなのです。




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 近年は、この公式を使って「賃貸が得か、住宅購入が得か」を論説する人たちもかなり増えました。

 そうです。30歳で家を買うか借りるかして、80歳で死ぬまで


「50年間でいくら支払ったか」


で損得を論じようというわけです。


 この考え方は、基本的には正しいと言えるでしょう。(ただし、パラメータや不確定要素をどのようにいじるかによって、結論は少しずつ変わりますが)




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 これをふだんの生活に応用すれば、いわゆる


「食べもしないキュウリ10本で398円よりも、キュウリ1本48円のほうを選ぶべきだ」


というオクサマの生活の知恵が生きてくるわけです。


 この考え方は、もし7本しか食べないで3本捨てることになるのだったら7×48=336円で、398円のパックを買ったほうが出した金が多いジャン!というアレですね。




 もっと、ズバッと生活に応用するなら、方法は常に明解です。


<おうちで使えるヨシイエ的経済学の公式1´>


「最も財布から出す金額が少ないほうが、常に経済的である」


という真実!これは、紛れもない事実であります。



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 なぜ、簡潔明解にそう言えるのか。そこには科学的な根拠があります。


 さきほど、車の総支払額や、住宅ローンの総支払い額などについて着目しましたが、たとえば車については


買って数年で事故して廃車になるかもしれない


とか、


旦那が過労で死ぬかもしれない


とか、そういうリスクが常にあるわけで、今回扱っている公式は、実は



「最後の最後になって廃車したり、死んだりしないと損得ははじき出せない」



という隠れた条件がついていることがわかると思います。使った総年数なんて、壊れてみないとわからないのですから、最後の段階でしか計算はできないはずなのです。



 だとすれば、死んだり壊れたり損なわれるリスクが常にあることを前提にすれば、死んだら無意味なのですから



「常に、今この瞬間に支払うべきお金は少ないほうがいいに決まっている」


と言えます。


 きゅうりを10本買っても、3本目くらいで死んでるかもしれないのです!だったら、最初から1本のほうがいいに決まっています。



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 ヨシイエの父は国鉄に勤めていましたので、国鉄民営化の折に、特別な退職金と年金制度が適用されることになりました。


 父は、退職した瞬間から年金をもらえる制度を申請し、40歳ぐらいから年金の一部を前倒しで貰っていました。


 そうすると、本来60歳でもらえるはずだった総金額からは、先払い分だけもらえるお金が減額されるのですが、彼はそれでも40歳からの受領を選択したわけです。


 結果、彼は63歳でガンのため亡くなりました。


 あぶないあぶない!60歳からの年金にしていたら、3年しかもらえなかったことになるわけです。


 あるいは現行のように65歳支給だったらゼロですよゼロ、永遠のゼロです。



 なので、


<おうちで使えるヨシイエ的経済学の公式1´´>


「貰えるものはできるだけ早く貰っておくのが、常に経済的である」


ということも合わせて覚えておきましょう。


 たいていの場合、遅く貰うと「利子がついたり、プレミアムがある」ことが多いのですが、



どうせ市場はほぼゼロ金利ですから、貰えるものは全部もらっとくに限る、のです。


2015年8月21日金曜日

<実国学を考える17>現代の吉田松陰(新)こと吉家孝太郎はネトウヨなのか?!

 最近、ネットを使って右翼的な発言や活動をするらしい人が増え、彼らのことを


 ネトウヨ


と呼ぶらしいですな。


 で、このようにネットのブログを使っておそらくは右翼的な発言を繰り返し、自称


「現代の吉田松陰(新)」


を名乗っているヨシイエ孝太郎は、ネトウヨなのか?と自問自答することにしたので、今回はそのあたりはそこはかとなくしたためておこうと思います。



 ちなみに、吉田松陰じゃなく、吉田松陰(新)を名乗るのはつぼイノリオさんのせいです。この辺で、ワタクシの政治的スタンスを推し量るように。よろしく。



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 さて、ネトウヨとは何なのか?


 最初におおざっぱな定義をしておくと、いくつかのフォーマットのようなものが見えてきます。



①主に右翼的な思想・言動を取り、ネット上で表明する。


②韓国や中国に親しみを感じない。


③政府関係者の靖国神社参拝を肯定する。


④国旗国家を重んじる。


⑤憲法9条1項・2項を改正しようと考える。




 で、これにヨシイエが当てはまるかどうかを考えたらいいのですが、



① ヨシイエは右翼的な思想・言動を取り、ネットで表明する → ○(マル)


 自国や自民族が持っている元来の文化、伝統、風習、思想等を重視した政治思想を右翼的と定義した場合、ヨシイエは

「墾田永年私財法」とか「本領」とか「氏族」についてとやかく言います

から基本的にはウヨクです。


 逆の見方をすれば、共産主義者ではなく、「みんなで仲良く手を繋いでゴールしよう」とかそういう教育も大嫌いなので、やっぱりウヨクですね。




② 中国や韓国について、ヨシイエは否定的である → ×(バツ)


 ヨシイエは、日本人だって中国からの渡来人が含まれると考えるし、漢字文化など、大半の「日本風」の文化の源流が中国にあることを知っていますから、歴史・民族上の中国や韓国を嫌うことはありません。

 しかし、中国が中華思想を持って日本に侵入しようと考えたり、韓国の方が本領ではない日本にずっと在留している状況は望ましいとは考えていません。


 むしろ、漢人は漢人の本領を守り、女真人は満州の本領を守り、朝鮮人は朝鮮を本領として生きるのがよろしいと思っています。




③ 政府関係者の靖国神社参拝を肯定する → △(どうでもいい)


 菅原道真や徳川家康は神となって天満宮や東照宮で祭られていますから、日本人は死して神格化するということを伝統的に行ってきたことがわかります。


 戦時中に多くの人が、靖国神社というシンボルに対して崇敬の気持ちを持っていたこと、あるいはその子孫が現存するという意味では、靖国神社、護国神社を否定することはできません。


 仮にこうした事例を想像してみてください。


「旧華族とその子弟は、日光東照宮に参拝することを禁じる、あるいは参拝した場合は非難される」

・・・こんなことはナンセンスだと、すぐに気付くことでしょう。

 旧華族にとって、東照宮崇拝は「明治以前の徳川家の世に戻ってほしい」という願いの表れだと解釈される恐れがあります。

 しかし、本気でそう思っていたとしても、旧華族が東照宮に参拝することに対してとやかく言うのは


アホらしい


以外の何ものでもありません。まさに、それがどういう意味を持っていても、どうでもいいことです。




④ ヨシイエは国旗国家を重んじる → ×(バツ)

 たとえば「君が代」というタイトルの音楽には、5つくらいのメロディが別々についていて、最終的に採用されているのが現在のものです。

 あるいは、国旗にしても、日章旗と旭日旗とどちらがわが国にふさわしいか、なんて誰にも答えられません。


 国旗や国家は、あくまでも象徴ですから、シンボルとしてはなんでもいいわけです。


 タイガースのユニフォームは縦じまであるべきか黄色であるべきか、というのと同じだし、三本線の縦棒とadidasのロゴとどっちがアディダスか、ということがどうでもいいのと同じです。


 あ、ちなみにヨシイエは氏族について重んじますから、国旗国家より


 家紋


にはうるさいです。家紋のほうがよっぽど大事です(笑)




⑤ 憲法9条を改正すべきだとヨシイエは考えている → ○(マル)


 はい。これは明確。自国の領地領土を守るために、主権発動にはフォース(力)が必要だと思いますから、戦力は持つべきです。


 日本はアメリカに次ぐ経済大国であったし、今でも中国に次ぐ3番目の経済大国ですから、世界で3番目くらいには強烈な兵器を持っていても問題ありません。


 むしろ、1番目や2番目にやられる可能性があるわけですから、世界一の兵器を持っていてもOKです。


 もう、すべての国は、それぞれ最強兵器を持ちまくって、戦争紛争が起これば世界が破滅するくらいの勢いで冷戦状態になってもよいです。


 そしてそれをもし使ってしまったアホな国家がいたら、世界中からいじめにあうことでしょう。




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 こうして考えると、吉家はちょっと右曲がりですが、ネトウヨではないようです。



 ちなみに、本来のウヨクは、皇室をとても重んじますが、吉家は源氏の血と藤原氏の血が入っていますから、


「皇室が尊重されるべきなら、ワシも尊重されるべきである。なぜなら、先祖が共通だから」


と思っています。



 皇室は本家本流という意味で、貴重な意味合いがあります。それをもって国家の象徴だと言うのなら、それはたしかにうまい言い方だと思います。



 おじいちゃんに孫が8人いて、本家の長男の孫が「象徴的存在」だというのは自然です。でも、8人ともまごうことなきおじいちゃんの孫ですから、そこに主従関係はありません。みんな独立し、尊厳を持った孫です。



 ということは、あの人もこの人もその人も、みんな源氏や平氏や藤原氏や橘氏なんだから、


「みんな大事」


だということです。これは共産主義的な「人類は平等」という意味ではありません。


「それぞれの氏族が、それぞれ主権を持ち尊厳を持っている」


という意味です。


 それぞれが尊重されるべき氏族であるからこそ、互いの領域は不可侵である、という

「それぞれが最強の兵器を持ち、かつ撃たない」という話

と同一なのです。わかる?


 かなり強烈なウヨクでしょ?




2015年8月20日木曜日

<実国学を考える16>現代の吉田松陰(新)が考える、北海道・沖縄そして朝鮮半島

 いつも、このブログが更新されるたびに、必ず読んで下さっている方が2人だけおられます。


 ・・・別にたいしたブログではないのに、お読みいただいているということは感謝感激です。

 このお二方に気に入られるか気に入られないかは全く関係なく、今日もカッ飛ばしながら、無茶苦茶な話を書きまくる所存です。




 ・・・そういえば、前回の「実国学を考える15」で取り上げた武藤議員が自民党を離党なさったそうで。


 なんでもお金にまつわる別の問題もあったらしく、「彼を選んだ滋賀の有権者もどうやねん」という論調でネットは盛り上がっていますが。


 ぶっちゃけ、実国学者であるヨシイエからすれば、


「北海道音別生まれの人間が滋賀で議員しているってどうやねん」


と思っています(笑)


 それこそ、彼の本領で活動していないわけで。


(誤解を招いてはいけませんので申し添えておきますが。日本国民には居住の自由があるので、どこ生まれの人がどこに引っ越してどこで議員になってもいいのですが、実国学者としては、


 本領で活動することが本領発揮である


と考えているので、そこんとこよろしく)



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 さて、ヨシイエは8年間、その北海道で暮らしていたことがあります。それこそ、ヨシイエは本領ではないところで過ごしていたわけですが、だからこそ気付いたことがたくさんあります。


 というわけで今回は、「北海道とは何ぞや」というあたりを実国学の視点から考えてみたいと思います。


 北海道という場所は、実国学的にはみなさんご存知のとおり、アイヌの人たちの土地を日本人がほぼ勝手に取り上げた植民地みたいなものです。


 もちろん、少なくとも中世ぐらいからは、和人とアイヌの交易交流があり、のちに松前藩となる蠣崎氏が蝦夷へ支配権を伸ばしたのは1400年代なので、古い歴史があるとはいえ、やっぱりどう転んでもこれはアイヌの人たちの土地を取り上げたと言わざるを得ません。



 そういう意味では、北海道はアイヌの人たちにとっての本領であり、本州人にとっての本領ではありません。


 なので、実国学者の理念から言えば、北海道はアイヌの人たちが自分たちの本領として支配したらいいじゃない、くらいに考えています。


(もっと言えば、北海道だけじゃなくカラフトからカムチャッカのあたりまで、みんなアイヌの人たちが主権を持ってもいいんじゃない?と思っています)



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 そういう意味では、本州人にとっての北海道というのは、ヨーロッパ人にとってのアメリカと同じで、旧来の制約にしばられない比較的自由な国であることは確かです。


 本州出身であるヨシイエが北海道で感じたのは「北海道って、つまりはアメリカなんだよね」ということでした。


 「こだわらない、自由、奔放」という印象が強く、それは良い面としての「おおらかさ」のようなものにも繋がっていたように思います。



 ところが、北海道がアメリカと全く違う点が一つだけあって、アメリカは独立戦争を経て、自分たちのことは自分たちで決めるという主権を持っていますが、


北海道は、今でも東京政府の植民地である



という印象が拭えないことが最大のポイントなのです。



 これはいったいどういうことか?


 北海道の行政に詳しいと、ヨシイエが言っている意味がわかると思います。


 北海道というところは、公的機関・一般企業を含めて、基本的には「中央政府から送り込まれた人間によって支配されている」という土地です。


 もちろん、古くから北海道に住み着いている人たちもたくさんいるのだけれど、彼らとて元を辿れば「屯田兵」であったり、基本的には「本州からやってきた人たち」であることには変わりません。


 しかし、それ以上に、北海道の官庁は中央政府(つまりは東京・霞ヶ関)の以降を受けて動いており、北海道にやってくる企業人たちも、本店からの札幌支店への移動という形でやってくるわけです。


 すると、結果的に「北海道における意思決定機関は、札幌ではなく東京」ということになり、北海道庁はあたかも


 東京の傀儡政権


のような動きをすることになるわけです。ここがミソ。



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 面白い事実があって、私もそれを知って驚いた&苦笑いしたのですが、北海道の学校職員の序列は、ふつうに考えたら、


「北海道大学と北海道教育大の派閥が強いのかな」


と思いがちですが、違っていて


「東京学芸大系・筑波大学系派閥」


が強いのだそうです。


 なんで東京学芸大やねん!とツッコミを入れると、なんと「旧東京師範大だから」だそうで、これなら納得です。


 そうなのです。北海道の教育界の偉いさんたちは、地元北海道大ではなく、「東京師範大」系列で固められているというあたりが


「東京政府の傀儡である」


ということの傍証になるわけで。



(ちなみに、ふつうの地方の学校職員の序列は、地元色が強いので「○○県立大」とか「○○県立教育大」とかの派閥が強くなります)


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 まあ、こういうわけで北海道というのは今のままでは絶対に発展しません。経済的にも疲弊していますが、なんせ東京の植民地なのでおいしいところだけ吸い取られてせっせと農産資源を中央に送らされているからです。



 北海道の農家というのは、大規模経営をするために農協に借金をさせられまくって、かつ安い値段で生産物を買い叩かれています。



 もし、北海道が独立したら「うちは、途上地域なので二酸化炭素もバリバリ排出させてもらいます!」と炭鉱を再稼動し、「うちは土地も人件費も安いです」と本州の工場を呼び寄せ、今のどこかの国くらいには発展するはずです。


 そうなると、ムネヲ氏は総理になれるかもしれませんね(笑)




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 さて、北海道と並んで課題のある沖縄地域ですが、こちらも「沖縄独立」なんて意見も出ているくらいキナ臭い側面もあるわけで。



 しかし、沖縄の場合は「実国学の視点から考えて、誰がなんと言おうが、沖縄は日本」であると言えるから面白い!




 なぜ、そういえるのか。


 沖縄の人たちは、ちょっと彫りが深くてエキゾチックですが、彼らは基本的には和人です。



 なぜなら、沖縄統一王朝である、「尚氏」の出自について「中山世鑑」「おもろそうし」という正式な歴史書に



 沖縄の尚王朝のルーツは源為朝



と書いているくらいなので、沖縄王朝の歴史は源氏なのである!バババン!


 ということが成り立つわけで(笑)


 実国学者としては、沖縄がそういう歴史を自ら編纂してきたことは、DNA的にどうかとか、そういう問題を差し置いても認めざるを得ないことになります。





 これを朝鮮半島に置き換えると、



「私たちは日本に侵略されたのだ!」


と自ら言っている韓国・朝鮮の人たちが、


「私たちは、元日本人なのだ!なので、大陸への責任は自分たちにもあるのだ!」


と言っているのに等しいくらいのすごい事なわけで。


 もし、万一朝鮮半島の人がそういうのなら、日本人は「韓国がそういう認識である以上、併合したのは拙かったかもしれないが、そういう問題を差し置いても認めざるを得ない」という理屈になるのは、まともな人なら理解できるでしょう。




「島津氏による琉球支配→尚氏王朝が自他ともに源氏を名乗っていること→沖縄県の成立」





「日本による韓国併合→あくまでも侵略戦争の被害者だと主張すること→韓国の成立」


を比較すれば、沖縄問題のポイントはすぐにわかることです。






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 ちなみに、実国学者から見た朝鮮半島の問題については、言えることははっきりしています。



「氏族は、自らの本貫地・本領に拠ってこそ主権を持ち、主体的に存在できる」


という実国学の理念をもとにすれば、在日朝鮮・韓国の人たちは、本領である朝鮮半島に戻ってこそ主体的に生きられる、ということになるでしょう。


 ワタクシ吉家は、ヘイトスピーチも嫌いだし、差別をする気持ちも全くありません。


 しかし、「人は本領復帰・本領発揮してこそ、幸せになれる」と思っていますので、


在日の方々は、経緯はともかく、最終的には本領へお帰りになったほうが、より本来の姿に戻って幸せになれるのではないか、と考えるわけです。



 あくまでも、差別的発言はありませんよ。くれぐれも誤解しないでください。


「朝鮮人は帰れ!」


といえばヘイトになりますが、


「ユダヤ人はカナンの地にいるのが幸せだよね」


「女真族は満州の地にいるのが本来的だよね」


と言っているのと同じです。


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<補足>


 実国学者は民族自決主義者ではありません。


 他民族国家も存在するし、すべての民族が独立すべきだとも思いません。ただ、人は本来本領を意識して過ごしていることがベースであるので、そこからずれてると、


「ちょっとしんどいよ」


というダケです。


「しんどいけど異国の地で頑張る」という生き方もOKだと思います。それこそ、自由ですから。


 

2015年8月16日日曜日

【LINUX関係メモ】 〜ヨシイエとコンピュータ遍歴〜

ワシのLINUX関係覚え書き。 完全にメモなので気にしないでください。


☆っていうか、本来はPC9801シリーズからのDOS使いだった。最初に買ったマシンは中古のPC-9801LVだった。モノクロ画像のラップトップ。

それから5インチFDDのPC-9801FAがしばらくメインマシン。RXも持ってた。


☆DOS3→DOS5→windows3.1 大学ではDOS3とwindows3.0を使ってた。


☆PC/AT機はコンパックのマシンとか、ハローソフマップワールドな「SUSTEEN」とか。


MITSUMIとか松下寿とか懐かしいなあ。



☆のち東芝ダイナブック・リブレット → VAIO派 → ASUS買収後のgateway・emachinesを数台。

この辺でwindowsXP→vista→7


☆最新機はいちおうLenovo。ここでようやくwindows8.1
 
でも中古でNECのVersaproも買ってしまった。


☆仕事場で使っているのはDELLのノート。中古を改造したやつ。


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話はUNIXに戻る。ていうかほとんどLINUXだけど。



2000年頃 稚内北星大学サマースクールにてUNIX講習受講 (SUN OS)


のち東芝Libretto20にslackware+Xwindowを放り込み有線LANで運用。

(あの頃はUSBブートとかなかった。そもそもLibrettoにUSBポートがなかったぞ。)

前職ではWindows2000serverをいじってたりする。



☆この間巷ではREDHAT系がたいへん流行する。



2004・5年頃 SONY VAIO505(極薄ノート)にTurbolinuxかなんぞを入れては遊んでいた。

(ライブCDが流行し始めた頃で、いろんなディストリビューションを試せるようになった時代)



☆この間巷ではVineLINUXなんぞが流行したりする。



2010年頃 PupylinuxとKNOPPIXにちょびっとハマる。Celeron1.0GHZくらいのミニタワーに入れて遊ぶ。



☆この頃からDebian〜ubuntu への流れが一気に加速。



2015年 LinuxBeanとPuppyLinuxをCeleronMクラスのノーパソに入れて、遊ぶ・・いや実用的に運用しはじめる。


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結論。最近のLINUXは大変よくできてる!たぶんネットがらみの仕事は全部LINUXでできるかな。


<windowsじゃないとしんどい仕事>

 1)仕事場は、とある業界専用の積算ソフトが入っているので、これだけはwindowsじゃないとダメ。

2)別の仕事で動画を扱うので、動画編集はまだwindows(かMac)じゃないとダメでしょうね。

3)それ以外は別にない。たぶん。本づくりの編集とかするけど、代用できそうだし。


ぶっちゃけ、HD動画編集みたいな重たい仕事以外の

ワープロ・表計算・プレゼン

レベルの資料作成は、すでに古いマシンで充分。コンピュータのほうが速くなりすぎてどうせウエイトかけてる状態なのだから、ワープロ機能だけならwindows95くらいの時代のマシンでも立派に機能するのだ。

386DXとか486SXでDOOMが動いていたことを思い出せば、わかるはず。

(あの頃、グラフィックボードは256色とかサウンドブラスター16とかだぜ?)



ヨシイエ孝太郎、現在40代前半ですが、そんな時代を過ごしてきますた。

2015年8月4日火曜日

<実国学を考える 15> 「戦争行きたくない」は利己的か? ~実国学から考える利己的の視点~

 今日も明日も真夏真っ盛りですがこんにちは。汗だくヨシイエです。


 ニュースを見ているとちょっと面白いネタが飛び込んで来たので、ちょっかいをかけてみたいと思います。


 「戦争行きたくないは利己的」 自民・武藤氏ツイート炎上
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150803-00000036-kyt-l25


 元ツイートはこれね。
 https://twitter.com/takaya_mutou/status/626788645379280896




 ようするに武藤さんは何をおっしゃったかと言えば、「戦争に行きたくない」という活動をしている人は、利己的で、それは戦後の教育が「個人主義」を教え込んだのでそうなったのだ、と主張なさっているようです。


 ちなみにこの武藤議員。滋賀県で議員をやってますが、本来は北海道の方で、大学院ぐらいから政治活動に入り込んでいったようです。

 北海道で、音別生まれか~。へーほー、ふうん。(だからどうこうということはありません)


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さて、現代の吉田松陰(新)を名乗っているヨシイエさんから見て、戦争に行きたくないというのは、本当に利己的なのかどうかを検証してみたいと思います。


 これはとっても大事なお話。


 どうやら、武藤さんは、神道政治連盟に属しておられるらしく、靖国神社についてもいろいろ思うところがあるらしいので、そういう政治的バックグラウンドを持っているために、

「お国のために」

 活動すべきである、という思想信条があるのかもしれませんが、私は武藤さんではないので断定はしません。てへぺろ。


 実国学者、ヨシイエ孝太郎は、どちらかといえば右曲がりです。 皇室に対して崇敬の念がありますが、残念ながら、


「皇室のために、あるいはお国のために」


私たち日本国民が活動すべきである、とはちっとも思いません。


 なんでか?


 何度も口をすっぱくしていっているように、「墾田永年私財法」により、この国の土地主権は、基本的に私有財産として認められていますから、日本国民は


「自分の財産である本領・本貫を守るために活動する」


ことが主権そのものなのです。何度でも言いますが、自分で開墾し、自分で汗水流して作った土地は、永遠に、エターナルに自分のものなのです。それを朝廷は認めているのだから、お国のためなんてものは既にありません。


 ということは、実国学の視点では、「自分のものを守るために主権の発動をすることはかまわないが、当然戦争をしたくないから、主権を発動しないこともかまわない」わけです。




 戦争をしたくないので、領主はどうすべきか。


 これは既に歴史に答えがあります。


 中世において、自分でせっかく開発した土地を自力で守らねばならない、という状況が起こりました。当然、自分で守り抜くぜこのやろう!という氏族もいましたが、


「争いは、ちょっと・・・」


という氏族ももちろんいました。 そういう氏族はどうしたか。


 答えは、有力な荘園領主に、土地を寄進してしまい、その代わりにその土地の実行支配権を認めてもらう、ということをやったのです。

 つまり、親分に土地を寄進するのだけど、その土地の実際の管理人として雇ってもらう方式です。


 ・・・・これって、利己的ですか?

 いやいや、とても現実的で、かつあり得そうなやり方だと思います。


(まあ、現代日本も同じようなことをやってて、アメリカについてゆくし共産主義になびかないから、その代わりに兵力はアメリカに依存させてね、ということをやってます。今現在)


  ワシは真の国学者なので、どちらかといえば、主権を持つには、最強の兵力を持ち、世界に対して自立すべきだ、と思っていますが、それは「お国のために戦争へ行け」というものではありません。

 真に主権を発揮したい者だけが兵力となればよいのであって、国民の大半が、


「僕らヘタレですから、戦争したくないです。やられちゃってもいいんです」


と半べそかくなら、それもまた真なり、と思うわけで。それで、侵略されてしまうのもまたこの世の無常というものです。

 新疆ウイグルの人民のようになりたければそうすればいいし、朝鮮半島のように基本宗主国になびきたければそうすればいい。


 しかし、ワシ本人は、日本の国土(土地は)日本人とその土地に住むものの主権によって、堅持せねばならん、と思っております。はい。


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 経済学の原理ではないですが、世界というのは


「強烈に利己的で利己主義で自分のことしか考えない」


者たちがぶつかり合ったところに、セカイの平和と安定と発展は成立するわけです。


 A国とB国がセカイ最強兵器で狙いを定めまくっているので、その間実際の平和が保たれるとか、誰もが自分中心でありえるためには、ちょっとだけみんながガマンしたほうが最も自己中でいられる率が高まるとか、そういうものなのです。


 なので、利己主義と自己中を否定してはいけません。否定してしまえば


「ある特定の層に都合のいい利己主義だけがはびこる」

ことになります。特に、政府とか支配層とか、富裕層とかの一部だけにね。


 すべての人間がガチンコで、利己主義をぶつけあうと、どこかで引かないと成立しないわけで、この「引きざま、引き際」こそが文化と歴史の発展に繋がるわけですよ。



 そこんところをわかっていないのだとすれば、そういう人はは逆に「特定の層にいいように使われる人間」になってしまいます。


 おそろしいことですね。